橋下氏らの「維新八策」について

橋下・維新の会の政策(「維新八策」)を俯瞰する
       −そこに見られる姿勢・志向とその見方について(メモ)−

弁護士  小 林 保 夫

はじめに 

橋下氏と維新の会の提起する問題については、多くの人が議論に参加することが、好ましいというだけでなく必要であるという問題意識と、私もこの問題について時折発言してきたことにともなう義務感から、発言することにしました。
私は、主として橋下氏らの政策提言(「維新八策」)をめぐって、感想を述べます。
「維新八策」については、すでに学者・政党・労働組合などから多くの発言・論考が発表されているので、今さらとも思うのですが、これを「俯瞰」すると、あらためて見えてくるものがあると思いました。
なお、みずからの提言を明治維新になぞらえて「維新八策」と命名する橋下氏らの心情には、時代錯誤と右翼臭を感じてしまいます。

1「維新八策」の基本的な内容

 橋下氏らの政策提言は、多くの論者が、抽象的な羅列に止まり具体的な内容が乏しく、またこれを実現する手立てが明らかにされていないと指摘しています。
しかし、逆に、「維新八策」として公表された政策提言は、その項目を俯瞰すると、橋下氏らの基本的な姿勢や志向の特徴を端的に示すものとなっています。
「維新八策」の内容は、以下に挙げるとおりです(ただし、新聞発表の順序や表現のとおりではありませんし、私が注釈を付けた部分もあります。番号も検討の便宜のために私が付けたものです)。
  ① 統治機構の作り直し(大阪「都」構想、道州制、首相公選制等)
  ② 憲法改悪(改憲手続の緩和、憲法9条の見直し・国民投票
 ③ 国会改革 衆議院議員定数の半減 参議院の廃止
 ④ アメリカとの軍事同盟を含む安全保障政策の堅持・推進
 ⑤ TPP加入推進
 ⑥ 消費税増税
 ⑦ 「地方分権」 地方交付税財源の地方移管
 ⑧ 教育改革(競争主義の推進、教育委員会制度の廃止、公立学校教員の非公務員化)
 ⑨ 公務員の身分保障の廃止
 ⑩ 解雇規制の緩和
 ⑪ 生活保護の制限
 ⑫ 「都」によるインフラ整備
 ⑬ 民営化・民間委託の推進、公務員削減、公共サービスの切り捨て・削減
地下鉄民営化、
現業職員の非公務員化
      市職員の半減(2万人リストラ)
なお、橋下氏らの政治理念が、「自立」、「自助」、「自己責任」、「競争」など、まさに新自由主義の旗印であることはあわせて留意しておく必要があると思います。

2 橋下氏らの提言の基本的性格・特徴

「維新八策」に盛り込まれた政策は、まさに、私たちが日頃、新自由主義国家主義ナショナリズム)あるいは保守主義などと評価しているものの典型的政策の羅列ではないでしょうか。
(1)まず、「①統治機構の作り直し」は、「③国会改革 衆議院議員定数の半減 参議院の廃止」、「⑦ 地方分権、 地方交付税財源の地方移管」などとともに、その余の政策提言(「② 憲法改悪(改憲手続の緩和、憲法9条の見直し・国民投票)など)を推進・実現するための方策の整備であると理解されます。
 「衆議院議員定数の半減 参議院の廃止」という提言は、可能な限り細やかに国民の意見を国会に反映させるという民主主義の要請に真っ向から敵対するものです。
 そこには橋下氏らが、みずからが振りかざす「民意」をまさに無視ないし軽視し、強権的・独裁的に新自由主義国家主義あるいは保守主義的な政策を推進する意図や姿勢が見られることはもちろんです。その意味で新自由主義国家主義あるいは保守主義と親和的であると評価することができると思います。
(2)橋下氏らの憲法敵視の姿勢、とりわけ9条(戦争放棄)が現今の日本のすべての悪の根源であるかのように敵視する数々の発言は、よく知られています。
また、橋下氏らが、現行の教育委員会制度を敵視し、これを廃止する意図を持っていることも公知のものとなっています。「教育基本条例」など一連の教育制度の改変の意図や経緯はその端的な表れです。
この2点において、橋下氏らが、超右翼の安倍晋三元首相と肝胆相照らすほどに共鳴し合う関係にあることはすでによく知られた事実であり、元首相は、橋下氏らとの連携を視野に入れて、あわよくばふたたび首相の座を得たいと画策していることが報じられています。
これらの事実は、橋下氏らの政策やその依って立つ思想・姿勢が、私たちが国家主義あるいは保守主義などと評価している思想傾向そのもの(しかも「超」という評価に値するほどの)であることを示していることには異論の余地がないでしょう。
 「④ アメリカとの軍事同盟を含む安全保障政策の堅持・推進」もその一環と言うべきことは明らかです。橋下氏は、核武装論者であることもよく知られた事実です。
(3)「⑤ TPP加入推進」、「⑥ 消費税増税」、「⑦ 地方分権」、「⑧ 教育改革(競争主義の導入、教育委員会制度の廃止、公立学校教員の非公務員化)」、「⑨ 公務員の身分保障の廃止」、「⑩ 解雇規制の緩和」、「⑪ 生活保護の制限」、「⑫『都』によるインフラ整備」、「⑬ 民営化・民間委託の推進、公務員削減、公共サービスの切り捨て・削減」などの政策は、まさに財界・大企業・富裕層(1%)の利益に添う新自由主義政策の典型であり、類似の政策は、アメリカ(とりわけレーガンのもとで)はもちろん、イギリスのサッチャーのもとで推進されたもので、まさに99%の国民に多大の塗炭の苦痛・災厄を及ぼした歴史的先例があるものです(しかし、結局破綻せざるを得なかったのです)。
なお、参考までに挙げれば、2010年(平成22年)のわが国の人口は約1億2800万人で、その1%は128万人、同年度の世帯数は約5180万世帯で、その1%は52万世帯です。99%と1%の対比はわが国でも誇張ではないのではないでしょうか。

3 橋下氏・維新の会の政策・手法の見方

(1)客観的に見て誰を利するか(私たちのアピールの眼目!)
 「維新八策」において提起された政策は、財界・大企業・富裕層(1%)の要求を代弁し、その利益の擁護を意図したもの、あるいはこれを結果するものであることが余りにも顕著であり、圧倒的多数(99%)の国民・市民、労働者、低所得層などの利益に添うメーセージはほんのわずかでも見当たらないのではないでしょうか。この点は、橋下氏らの支持者を含めて何人も否定できない冷厳な事実!ではないでしょうか。
問題は、この点をどのように訴えるかであると思います。
(2)橋下氏らの手法とその特徴
それにもかかわらず(とはいえ、これまでは「維新八策」というような体系的な政策の提示はなかった)、なぜ橋下氏らは、知事選、市長選を通じてあれほどの「人気」と「支持」を得たのでしょうか。
 その支持層については、例えば、「世界」2012年7月号の松谷満氏の調査・分析が知られていますが、それによれば、橋下氏らにその打開を期待する人々は、管理職層、正規雇用層で高く、自営層、専門職層、非正規雇用層で低いとされています。 しかし、「強い支持」に「弱い支持」を合わせると支持が全階層にわたっていることが認められます。
私は、これらの「支持」は、橋下氏らの政策への積極的な支持というよりも、中央・地方にわたる政治・社会の閉塞状況に対する鬱積した不満・批判が、橋下氏流の一刀両断的な公務員攻撃など現状否定の姿勢にはけ口を見いだした結果に過ぎないと思います。橋下氏らの政策内容がこれらの支持者の現実の生活要求に添うものとして積極的な支持を得たものと言えないことは明らかであると思います。
なお橋下氏に対する支持が管理職層、正規雇用層で高いことは、橋下氏らの政策が新自由主義のそれであることが敏感に反映されていると見られて興味深いものがあります
私は、橋下氏らの政治手法の特徴については、以下のような点を挙げることができると思います。同氏及び維新の会の「支持」者は、これらの特徴の全てを了解したうえ、あえてこれを支持し、あるいはその一面のみに騙されたというべきではないでしょうか。
 ① まず、橋下氏の巧みな弁舌を武器にしたマスコミの取り込み・活用、これに対するマスコミの過大な呼応・迎合を指摘しなければならないと思います。
 ② 現行の教育体制批判とあいまって教員を含む公務員攻撃などの現状否定によって鬱積した市民の不満・批判にはけ口を提供し、市民の共感を得ていることは明らかです。
   ③ 執拗な攻撃による公務員の非人間化・奴隷化・ロボット化、公務員労働組合の弱体化は、橋下氏らの政策遂行の不可欠の手段になっています。 
 世上の「公務員たたき」の風潮を追い風として、公務員のロボット化及び公務員組合の徹底的な弱体化によって、橋下氏らの政策遂行に対する抵抗を排除・軽減する点で、当面は一定の成功を見ていると思います(大阪市における地下鉄民営化、現業職員の非公務員化、市職員の半減(2万人リストラ)等の政策の進行)。
   ④ 上から目線の強権的・独裁的な対応がきわめて特徴的です。
 ⑤ ④ともあいまつものですが、敵か味方かの2極対立を作り、「敵」を口汚く罵り、徹底的に排撃するのも橋下氏らの手法の顕著な特徴でしょう。。
 ⑥ しかし、私は橋下氏は、人間的には皮相・軽薄・低劣というべく、自己中心的であると思います(苛烈に取り立てる消費者金融企業や事実上売春を業とする飛田遊郭の料飲組合の顧問弁護士であったこと、北新地のクラブホステスとの性的関係については、みずからを信用失墜行為を犯したものとして問責しないことなど)。
 ⑦ 政策的には、上山信一堺屋太一竹中平蔵などの新自由主義思想・政策の受け売り、あるいはこれへの強い共感・同調に出たものでしょう。
 カジノの導入は、橋下氏の独特の発想ではなく、新自由主義の古典的テキストにも挙げられています。
 ⑧ 私は、橋下氏には、一般庶民を含む社会的弱者に対する同情・配慮という人間的資質を欠く点が、おそらく、政治家としての致命的な欠点であると思います。
⑨ なお私は、新自由主義は、思想的にも沿革的にも反共主義と不可分であると思いますが、橋下氏らも、反共思想を共通の体質としていることも強調しなければならないと思います。

4 どんな点で橋下氏らと対決するか

(1)まず、前述のように、橋下氏及び維新の会の政策が誰の利益に奉仕するものであるかは、客観的には、きわめて見えやすいのではないでしょうか。
橋下氏らの政策がみずからの利益に添うか否か、その手法がみずからの感覚になじむかどうかは、労働者・労働組合はもちろんですが、圧倒的多数の市民にとっても、容易に理解・納得できるものではないでしょうか。
(2)どのようにして多くの市民に橋下氏らの政策の反国民・反市民的な性格・内容に対する理解を広げるかが差し迫った課題でしょう。
もちろん私も提言できるような適切な方法を持ち合わせていませんが、少なくとも以下の点の指摘は欠かせないのではないでしょうか。
 ① 橋下氏らの政策が、客観的に見て、国民の99%の人たちの利益に反し、わずか1%の利益に添うに過ぎないこと
 ② 橋下氏らが核武装を是認するほどの憲法敵視勢力であり、平和に敵対する勢力であること
 ③ 橋下氏らが、国民の圧倒的多数を占める社会的弱者に対する同情や共感を持ち合わせない非人間的な資質の持ち主であること
(3)なお、橋下氏らの政治手法は、「ファッショ的」とは言えるかも知れませんが、ただちに同氏らの勢力の思想。政策の傾向や活動をファシズムと規定することが、正確なとらえ方として正しいか、多くの市民の理解と結集を図るという戦略の点でも適切かについては疑問があります。
そもそも橋下氏・維新の会の思想・政策・活動がファシズムと規定できるか、あるいはこれに準ずるものと規定できるか、私は十分な理解・納得に至りません。
説かれるところによれば「ファシズム」は多義的であり、また現在のところ多くの市民のになじまないのではないかと恐れます。
 すなわち、イタリア(ムソリーニ)、ドイツ(ナチスヒットラー)、日本(戦前・戦時中の天皇ファシズム)などにおけるファシズムの猛威と恐怖についての経験と知識を持たない多くの市民にとって、独断的・レッテル貼り的な規定と受け止められ、本来ならば共同の戦線に参加を求めなければならない広範な市民の理解を得られるかどうか危惧します。
 ちなみに、初歩的で恐縮ですが、かの「広辞苑」では、ファシズムについて、「①狭義には、イタリアのファシスト党の運動、並びに同党が権力を握っていた時期の政治的理念及びその体制。② 広義には、①と共通の本質をもつ傾向・運動・支配体制。第一次大戦後、ヨーロッパに始まり世界各地に出現(イタリア、ドイツ、日本、スペイン、南米諸国、東欧諸国など)。全体主義的あるいは権威主義的で、議会政治の否認、一党独裁、市民的・政治的自由の極度の抑圧、対外的には侵略政策をとることを特徴とし、合理的な思想体系を持たず、もっぱら感情に訴えて国粋的思想を宣伝する。」と解説しています。                   2012年9月